SPring-8の花形、蓄積リング棟とビームラインです。
電子ビーム入射点
手前側が蓄積リングで向こう側がシンクロトロンからのビーム
シンクロトロンからSSBTを経由してやってきた電子ビームはここで蓄積リングに入射されます。
蓄積リングという名前が付けられていますが、基本はシンクロトロンと同じで偏向電磁石と加速空洞などから構成されていて、シンクロトロンとの違いは放射光を取り出すためのアンジュレータなどが所々に挿入されている点です。
蓄積リングは一周1435.95mあり、その電子ビームを通すパイプ中をほぼ光速に近い電子が周回します。
SPring-8ではバンチ(電子塊)をRFパケットと呼んで管理しており、その総数は最大で2436個置くことができます。これらのRFパケットは非常に精密に制御された同期システムにより、絶対番地管理が可能となっており、任意のパケット位置にパケットを挿入する事もできるそうです。
加速空洞
リングを周回する蓄積電子の寿命は様々な要因で決まります。周回するだけでビームを曲げられるのでそこでエネルギーが放射光になりますし、ビームライン向けアジュレータによる放射光などでもエネルギーは失われます。それらを回復し8GeVを維持回復するために蓄積リングでは4カ所の加速空洞が設置されています。共鳴周波数はシンクロトロンと同じく508.58MHz(正確には508579360Hz)です。
ここで光速をこの周波数で割ると波長一つの長さが算出できます(58.95cm)。RFパケットはこの間隔で置かれ、2436個置けるとありますから2つの数字を掛けると1435.95mとなり、これが蓄積リングの周長となります。蓄積リングの大きさはこの加速空洞で使われる高周波の周波数を元に設計・算出されています。実際の大きさは建設費用との兼ね合いになりますが。
ちなみに、シンクロトロンや蓄積リングでの8GeVで加速されている電子の速度は光速の99.9999998%だそうです。
挿入光源(アンジュレータ)
近接磁場は0.5mT(ミリテスラ)
クリップやペースメーカー殖込みをしていると近寄れない
蓄積リングでは直線に進む電子を曲げないと周回するリング軌道を保てませんので偏向電磁石を使います。この偏向電磁石により電子の進行方向が曲げられると、シンクロトロン放射により赤外線・可視光から硬X線までの幅広いスペクトルで放射光が接線方向に出てきますので、そこをビームラインとします。
また蓄積リングでは直線部分があり、そこに挿入光源(ID)としてアンジュレータが設置されています。アンジュレータからは比較的スペクトルの狭い範囲で偏向電磁石よりも輝度の高いX線が放射され、研究に活用されます。
挿入光源として6mのアンジュレータが34基、長尺のアンジュレータ4基、ウィグラーを含む偏向電磁石によるラインが24基と全部で62本のビームラインが設置されています(計画・建設中を含む)。
うち、26本が共用ビームラインとして利用可能。専用ビームラインも一部が産業用専用ビームラインとして複数の利用者に提供しています。
アンジュレータの磁石部
ご覧の用にアンジュレータは周期的に磁極を反転した磁石が並べられており電子の通路に垂直方向の交番磁場を生成します。ここを電子が通過すると磁場により軌道が水平方向に蛇行することで放射光が発生します。きわめて指向性が強く、ウィーグラーや偏向電磁石と違い、広いスペクトルを持たずに基本波とその整数倍の高調波成分を含む準単色光が放射されます。
この放射光をビームラインに導いて、この蓄積リングエリアの外にある測定機器や実験機器で利用するのです。
SPring-8では設計時に設定された長い直線部分(30m)に後から27mの長尺アンジュレータが設置され、通常のアンジュレータ(4.5m)よりもさらに数倍輝度のある放射光を得る事ができるようになっています。
使用されている磁石は永久磁石でネオジウム−鉄ーボロン系の異方性焼結磁石で世界最強の永久磁石だそうです。
閉鎖扉
蓄積リング稼働中は強いX線が飛び交っているため、それを遮蔽するために蓄積リングエリア出入口の扉は写真の様に分厚い扉になっています。なにせ医用レントゲン写真のX線管からでるX線の強さの100万倍以上の輝度があります。漏れ出しても困りますし、カンタンに開けて入る事が出来ても困るため、こんなに分厚い扉となっています。
扉の後ろにチラと自転車が見えていますが、実はこれは構内移動用の自転車。
なにせ直径228m、蓄積リングで一周1436m近くあります。歩いて移動していると時間も体力も無駄に消費するため、構内では自転車が大活躍なのだそうです。
構内移動は自転車で!てなこともアナウンスしても面白かったのではないでしょうか。
構内電話
蓄積リングエリア内にある構内電話ですが、ご覧の通り黒電話(600型電話機)。
X線の嵐の吹き荒れる中、現在のようなインテリジェントな電子回路満載の電話では持たないため、アナログ回線のための単機能電話を設置しているそうです。何せ、受動素子ばかりで構成されているので、そもそもが故障知らず。電話線からの供給電力で動作するため電源も要らず。まさにこのような特殊な場所にはうってつけと言えるでしょう。もっとも、アンティーク電話として市中では高い値段で売られている場合もあるようですが。
実験ホール
ビームラインから取り出された放射光を外部の実験機器で実験する設備が置かれているのがこの実験ホールです。
共用のビームラインや管理用のビームラインも含めて現在62本のビームラインがこのように外に引き出されて利用・運用されています。
設置機器
これはリガクのイメージングプレートX線検出器
写真は実際にビームラインBL03XU(フロンティアソフトマター開発専用ビームライン産学連合体が利用)の第二実験ハッチに設置されていたリガクの単結晶X線回折装置であるイメージングプレートX線検出器のR-AXIS。たんぱく質などの高分子結晶にX線を照射して生じた回折像を元に結晶の分子構造を解析するための装置です。
構造物性や、成型品の変形機構の解明などの目的に設置されています。
サーバラック
写真はSACLAの中にあったサーバ
広大な敷地に散在する設備類をそれぞれ現地で制御したり観測したりしているとあまりにも移動の無駄ですので、基本的に全てリモートで制御しネットワーク経由でデータ収集を行うようになっています。
各施設のあちらこちらにサーバがあり、それらを用いてデータのやり取りなどを行っています。
中央制御室
これはメインパネル前
実際は施設ごとの独立したモニタがずらっと別に並んでいる
収集したデータや機器の制御、状態監視などはこの制御室で全て行います。
実際に蓄積リングへ電子が注入されて運用開始となると最長で1カ月程度も連続運転を行いますので、その間は交代制の24時間態勢で運用を行います。
当日は制御室のメインディスプレイパネルの前で白衣やSPring-8の作業着の他、法被(高輝度放射光施設と襟口に染め抜きのある特製法被)を着て記念撮影をさせてくれていました。
白衣というのは科学者のイメージのステレオタイプなのでしょうが、化学・医学・生物の実験時位ではないでしょうか。SPring-8ではどちらかというと作業着の方が合っているような気がしますが。
SPring-8の意外な用途に地震の震動の波や太陽・月の朝夕効果による地球の変形に起因する蓄積リングの周長の変化が加速器の周波数の補正という数値になって表れる現象を観測しており、地球科学や宇宙科学の分野での応用が期待できるのではないかという研究報告もあるようです。
カミオカンデが測定した超新星ニュートリノがニュートリノ天文学を拓いたように、蓄積リングを周回する電子ビームが精密測定器として新たな科学の観測手段を拓く事もあるやもしれません。
オマケ
今回、SPring-8の一般公開日で昼食をとるのに施設内の食堂棟にあるカフェテリアで頂きました。通常はプリペイドカードを購入して清算なのですが、一般公開のため事前に食券を購入する形式です。
私は流石に遠慮して注文できませんでしたが、隣の席の女子高生と思しきグループ(女子会?)が全員お子様ランチを注文していて、羨ましい状態。なにが羨ましいかというと、
お子様ランチ(現物見本)
ハンバーグ、エビフライ、コーン、ブロッコリー、ポテトフライ、ケチャップライス
お子様ランチと言えばいろんな品がチョコチョコと入って大人の目から見ても楽しげなのですが、一番の特徴はご飯ものに刺さっているお子様ランチのシンボルとも言える旗。まあ、日本の国旗だったり、百貨店の食堂であれば百貨店のロゴだったりするのですが、ここはなんと新造施設であるXFEL(自由電子X線レーザー)のSACLAのロゴの入った旗が刺さっていました。
まさに、この日、この場所でしか食べる事の出来ないお子様ランチです。
トレー返却コーナー
食後の食器およびトレーはこの場所で返却します。
この緩いカーブといいメカメカしい雰囲気がなんとなく蓄積リング棟を想像させるのは気のせいでしょうか。単なる設備の問題ではないような気がして仕方がありませんが(笑)。
ビームラインを止め、各所の運転を止め、説明用の展示物を準備し、来場者のためのディスプレイ類やイベントを用意、さらには当日の交通整理など所員を含め、関係諸子の方々の甚大なる労力により快適に施設類を見学することができました。
この場を借りて御礼申し上げます。
時間切れで見る事が叶わなかった場所が多数あり、次回の公開でじっくり拝見させて頂ける事を期待しております。
最先端の施設で黒電話や自転車が使われているのが意外ですね。
でも、理にかなっている。納得っ( ̄^ ̄)ゞ